最近、脳科学とITを組み合わせた技術のニュースを聞くことが増えてきた。イーロン・マスク氏はNeuralinkというベンチャー企業において、早ければ2020年中に頭で考えただけで機械を動かすことができるブレインマシン・インタフェースを実用化できると発表した。また、Facebookも考えただけで文字入力ができるシステムの開発を行いながら、ブレインマシン・インタフェースのデバイスを開発するアメリカのベンチャー企業CTRL-labsを買収した。これらは「ブレインテック」と呼ばれる技術に関連している。

ブレインテックとは?

ブレインテックとは、脳(Brain)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた言葉で、脳科学を活用したテクノロジーやサービスのことを言う。アメリカなどでは、脳のニューロンから言葉をとって、「ニューロテック」とも呼ばれている。

脳に関わることなので関連分野が非常に幅広く、今世界中で注目を集めている。アメリカの「NEUROTECH ANALYTICS」が2020年2月に最新のレポート「Global NeuroTech Industry Landscape Overview 2020」を発表。これによると、2000年以降の民間投資ファンドのブレインテック企業への投資額が190億ドルを超えたという。また、ライフサイエンス全体への投資の年間成長率は12%であるのに対し、ブレインテックへの投資は31%の成長率が示されている。

ブレインテックが活用できるマーケットについても、以下の6種類に分けて説明している。

  1. ヘルスケア
  2. ウェルネス
  3. 教育
  4. スポーツ
  5. ライフスタイル、コンピュータ
  6. 国防

脳科学とITを組み合わせてこれらの分野に役立つサービスを提供するのだが、具体的な方法はさまざまだ。この方法についても、レポートで以下の7種類に分けられている。

  1. 脳のモニタリングと画像化
  2. 認知機能の評価と強化
  3. ニューロフィードバック
  4. ブレインマシン・インタフェース
  5. 刺激による神経調節
  6. 脳神経の薬
  7. その他

脳のモニタリングと画像化

脳のモニタリングと画像化は、病院にあるCTスキャンなどの大型機器をイメージするとわかりやすい。ほかにも、脳波や脳血流などから脳の働きをモニタリングし画像化することができる。

認知機能の評価と強化

認知機能の評価と強化は、記憶や思考など人の高次な脳の働きを調べ、合ったトレーニングなどによりその能力を向上させるようなもののことを指す。

ニューロフィードバック

ニューロフィードバックは、脳波や脳血流から脳の状態を分析し、それをリアルタイムに映像や音でフィードバックすることをいう。今の脳の状態を見える化できることにより精度の高い能力向上トレーニングなどが行える。

ブレインマシン・インタフェース

ブレインマシン・インタフェースは、脳の電気信号などを読み取り、脳に直接刺激を与えることで脳と機械を接続するようなサービスをいう。考えただけで機械を動かす、言葉を発さずに意思疎通するといったことに応用できる。

刺激による神経調節

刺激による神経調節は、電気刺激や磁気刺激を脳に直接与えて脳神経の働きを調節することができる。鬱病などの治療によく利用されている。

脳神経の薬

脳神経の薬は、精神刺激薬などの中枢神経系の活動を活発化させる薬物が分かりやすい。アルツハイマー病やパーキンソン病などに対して多くの薬がある。

これらの方法について、アメリカを中心とした各方法別のブレインテックサービスや投資企業についてもレポートでまとめられている。

  • ニューロテック・インダストリー ランドスケープ・オーバービュー2020 資料:NEUROTECH ANALYTICS

日米において注目されている分野とは?

アメリカにおいては、脳神経の薬、刺激による神経調節、脳のモニタリングと画像化の3つの方法を用いる医療関連の企業が多く、4番目と5番目に多く使われている方法が認知機能の評価と強化と、ニューロフィードバックだ。それらを応用した、以下の分野が注目を集めている。

  • ヘルスケアやウェルネス分野
  • 教育分野
  • スポーツ分野

中でも、ヘルスケアやウェルネス分野が特に伸びている。その背景には、世界の人口の6人に1人は脳に関連する病気を抱えていると言われており、ブレインテックがまさにこの分野において革命的な役割を果たす可能性が高いと考えられていることがある。

特徴的な例として、2020年6月には塩野義製薬がパートナーシップを結んでいるAkili Interactive Labsの注意欠如・多動症(ADHD)の改善を目的としたデジタルゲームが、世界初のゲームベースのデジタル治療として米食品医薬品局(FDA)の承認を受けたというニュースが報じられた。日本では香川県のゲーム規制条例などが話題になる中、アメリカでは病気をゲームで治すという動きも出てきているのだ。

一方、日本では教育やスポーツ分野に加え、以下の分野のサービスが注目されている。

  • ヘルスケア分野
  • 睡眠分野
  • ニューロマーケティング分野

アメリカに比べて日本は医療の壁が高い。そのため教育やスポーツの分野は同様に伸びているものの、医療に直結するようなサービスはまだ時間がかかるようだ。未病の分野とも言える、ヘルスケアや睡眠の分野までならば興味深いサービスも出てきている。ほかには、脳のモニタリングを使った「ニューロマーケティング」といったサービスも伸びている印象を受ける。ニューロマーケティングは、商品のパッケージや広告を見た時の脳の反応を計測し、より良いデザインの開発などに活かそうとする取り組みを言う。

日本における企業事例として、一部世界の動きも押さえつつ代表的な事例をそれぞれのサービス分野に分けてまとめたカオスマップをメディアシーク社で作成し、公開した。新しいサービス分野においては、ベンチャー企業が中心となることが多いが、ブレインテックではベンチャー企業だけでなく大手企業も取り組んでいることが分かる。

  • ブレインテック・ランドスケープ 資料:メディアシーク

睡眠の分野では、フィリップスが睡眠中の脳波を計測して適切に音を聞かせることで睡眠の質を高めようとする「Smart Sleep」という製品の日本販売を2019年11月に開始した。

ニューロマーケティングの分野では、ニールセンが「CONSUMER NEUROSCHIENCE」と題して、またNTTデータが「Neuro AI」と題してアンケートだけでなく脳波などの生体情報を計測してより正確なユーザー反応を取得する取り組みを行っている。

教育やスポーツの分野では、NeUが脳の血流を中心に計測し、アプリと組み合わせて認知機能を鍛える新しい脳トレ「Active Brain Club」を提供。メディアシークは脳波を使ったニューロフィードバックを行って、好きな音楽が綺麗に聞こえるように意識するだけで短期記憶能力が高まるようデザインされたトレーニングアプリ「ALPHA SWITCH」を提供している。

日本におけるブレインテックの事業化と可能性について、これらの事例を交えながらメディアシークは2020年8月から複数回に分けて「MEET BRAINTECH WORLD」というカンファレンスを開催する。第1回は8月19日にオンラインでの開催が予定されている。

このように魅力的なサービスが出てきているのと並行して、発表されている研究論文の数を見れば一目瞭然なように、脳科学研究は急速に進んでいる。また、センサー技術が発達してきたことで手軽に脳波や脳血流を計測し、脳に刺激を与えることができる機器が開発されている。医療からエンタメまで、ブレインテックのサービスはますます私たちにとって身近なものになる日も遠くないと思われる。

著者プロフィール

株式会社メディアシーク コンシューマー事業部 チームリーダー 平井 祐希


2016年、東京大学文学部を卒業後、株式会社メディアシークに入社。 2017年より累計3,000万ダウンロードアプリ「アイコニット」のマーケティングと新規事業ブレインテックを担当。 「ブレインテックを世の中に広めていく」ことをミッションとして掲げており、 2019年11月には中国・深センを訪れブレインテックの現状を視察するなど海外動向にも常にアンテナを張っている。